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350.宮さんさんへ

name: CATO - 2003年01月21日 19時33分14秒

 上の呼称は、なんか変ですね。でもまた、波長が合いそうな猛者が掲示板にデヴューされて、嬉しい限りです。
 「ブレイン、シヴィルが居たフィルハーモニアって一体どんなオーケストラ!」ですね。そして、インタヴュー録からは、ホルンの好不調なんか意に介さなかった(と思われる)クレンペラーお父さんとの録音は、歴史遺産級どころか、宇宙遺産です。


349.シヴィルにシヴィれる

name: 宮さん(仮面ライダー王蛇改め) - 2003年01月20日 21時32分48秒

 CATO殿が「320」において掲示板の格調のことに触れられていた。なんて誠実な方だと思った。なので、昨日をもってTVの仮面ライダー王蛇が消滅したこともあり、あまりにもナメたネームだったので、自分の呼び名に改めることにする。また、文章も敬体から常体に変更し、ホルン素人なりの自分の考えを嘘偽りなく述べていきたい。
 シヴィルは、どうも万年2番手のようで分が悪い。しかし、彼の演奏にはいろいろと発見がある。
 シヴィルを聴くと「大海の磯もとゞろによする波われてくだけてさけて散るかも」と詠んだ源実朝の歌を思い出してしまう。壮快なようでいてなんとも繊細な感覚をもった吹きっぷりなのである。(小林秀雄はこの実朝の歌における壮快さを認めていない。『モオツァルト・無常という事』新潮文庫p112参照。)私の持っているTESTAMENT盤モーツァルト:ホルン協奏曲全集の中にロッシーニの“Prelude,Theme & Variations”があり、これを聴くと先に述べた壮快さと繊細さの融合が見事に聴き取れると思う。本命のモーツァルトではブレインよりもシヴィルの方がクレンペラーとの相性が良いという気にさせられる。
 しかし、それにしてもブレイン、シヴィルが居たフィルハーモニアって一体どんなオーケストラ!


348.(夢中人が誤ってタイトルを消失しました)

name: Favart - 2003年01月19日 23時34分18秒

夢中人様、コメントをいただきありがとうございました。
第1回目の録音のLPがあるか、今後注意したいと思います。ボイド・ニールのヘンデルの合奏協奏曲はDECCAからLPで出ていますが、ブランデンブルクもあったような、ないような・・・?
CATOさま
Ib Lanzky-Ottoの論文は独断と偏見があると思います。
Ib Lanzky-Ottoを聞いたことがありませんが、Thevet以上の魅力的な音ならば、考えさせられるかもしれません。


347.シヴィル/クレンペラー モーツァルト協奏曲全曲

name: CATO - 2003年01月19日 22時13分15秒

 「344」で記憶を頼りに感想を述べましたが、シヴィルのはカセットに入れていた自信があったので、聴き返す為に探して見ました。しかし、行方不明。下宿していた頃、ラジカセと原始的タイマーを駆使して色々収めたものも、今では殆どが無いかダメになっています。例えばストラヴィンスキーの曲はほぼ全曲収めていました。今のように簡単にCDに保存できる近未来がわかっていたら、もっと大切にしていたのに。 そんなこんなで、今日シヴィル/クレンペラーのモーツァルト協奏曲全曲版を注文しました。

 この掲示板をきっかけに誰の音かについての議論、誰それの音はどうこう、についても面白い体験をし、例えば夢中人さんの「289.デニス・ブレインの音」も以前ならそう興味を持てなかったでしょうが、今日は原文まで見てみました。訳の一部にしっくり来ないところを感じたので、僭越ながら一つの改訂案を提示させていただきます。
「原文: ・・・A less gifted horn-player wouldn't have had such a tremendous success with that particular sound.・・・」
「289:それでも彼ほど成功したホルン奏者はほかにない、独特の音色です。」
「蛇足:彼ほどの才能に恵まれないホルン奏者であればあの独特の音色であれほどの成功を収めることはなかったであろう。」
ここまで来て、このホルン奏者の意見の展開にますます納得できなくなりました。ブレインの音を何やと思うてんねん!いくら好みの問題とはいえ。

 風邪が抜けきらず、今日は場外馬券売り場へも行かず、家でじっとしてブレインの音についての色々な意見を見ていました。
 シヴィルのCDが来たら、また感想を掲示します(宿題が溜まる一方です)。

すみません、Ibはモーセン家の人々とお友達でその人柄の良さについては、面識の無い私なんかにもすごく伝わっているので。記事も全文ではないし、私のヘボな和訳のせいで伝わらないと思うので。どうか・・・。そうでないとシッセさんに申し訳が立ちません。

(BISにブリテンのセレナード(500 540)のCDがあります)

あの文章を読んでから、ブラームスのトリオを譜面を読みながら聴いたことがあります。ブラームスはクレッシェンドとデクレッシェンドを非常に細かく書いているのですが、その一つ一つをブレインは例外なく大事に吹き分けていました。

譜面どおりに吹く、当たり前のことのようで難しい。箇条書きされた要素のそれぞれに納得の次第です。 1月20日 夢中人

346.あったらいいな

name: 仮面ライダー王蛇 - 2003年01月18日 23時52分06秒

 10日ほど前にお答え頂いた「デニス・ブレイン行脚」の記事、たしかに94年1月号に掲載されていました。ありがとうございます。本来なら自分で探すべきですが,我が家の収納事情を考えますとなかなか探せないのでございます。「レコ芸」も87年から全て揃えてありましたが、一昨年ついに
必要な記事だけを残し、切り刻んでしまいました。CDも3000枚ほどが6畳間に散乱しております。「レコ芸」に載っていた夢中人さんのCD棚を拝見しますと、整然と(レーベルごとに?)並べられてあり、我が身を反省しました。
 さて、「レコ芸」と言えば、2002年10月号において「夭折の名演奏家たち」という特集が組まれており、当然ブレインも大きく取り上げられていたわけですが、そこでは山田淳氏が現在入手可能なCDを紹介をしていました。そこで、長期的なお願いがあります。この『憧れのデニス・ブレイン』でも、ブレイン関係のCDをジャケットつきで紹介して頂けたら私のような初心者には貴重な情報源となります。LPもいいのですが、指をくわえて見るしかないので、まずは入手可能なCDからということで。お願いします!

了解しました。それでは、できるだけ早い機会に。 1月21日 夢中人

345.341のブランデンブルクの仮説の補足など

name: Favart - 2003年01月18日 22時36分40秒

言葉足らずで夢中人様を困惑させてしまいました。
録音はもちろん2回しているわけですが、自伝の中でニールが言及しているのは1回目の録音のLPでの再発売の話(�◆砲任呂覆い�と思いました。つまり
��1回目の録音のSP・・・1945年録音。K-1541-43。第2はデル・マー。
��1回目の録音のLP・・・これがあったと仮定すると、ニールの自伝の話とつじつまがあう。1945年の20年(or12年)後に再発売されたのでは?第2はデル・マーが演奏。
��2回目の録音のLP・・・1956年録音。UNLP1040。第2はサンダース。
と思ったわけです。

342の著作権保護期間延長の件、著作権者、レコード会社の権利を保護するのは良いことと思いますが、義務もあるのではないかと思います。SPレコードなどの古い録音は人類の文化遺産であり、貴重な原盤やマスターテープを痛めないように保管し、多くの人が聞くことができるよう再発売するなどの義務があるのではと思います。大手のレコード会社でもその義務が果たされていない気がします。

円号様
私もバウマン/ミュンヘン・バッハのロ短調ミサ曲にはぞっこん惚れ込んでいます。身震いしそうな名演奏、正に絶品です。聴きに行けばよかったなあ!演奏会のチラシを今も持っています。(去年の夏頃書き込みをした記憶があります。)

ところで、Marshallの本をとうとう入手してしまいました。
いやはやすごい本があるものですね。この本を書くために費やした労力、時間は大変なものと思います。特にオーケストラの録音でDBがいたか、いなかったかの判別は生易しいものではありません。記録がないものは最終的には耳で判断したと思いますが、そうすると間違えもあるかもしれませんね。
テヴェやヴェスコーヴォにもこんなディスコグラフィーがあったらどんなに役立つことかと思います。

そういえば以前SPレコードを探しているときに、Decca盤のブランデンブルグ協奏曲に「LPレコードの素材で作ったSPレコード」があったことを聞いたのを思い出しました!

また twenty は many の意味にも使われるので、Favartさんのご明察どおりと思います。 1月19日 夢中人

344.バウマン、タックウェル、シヴィル

name: CATO - 2003年01月18日 13時51分48秒

バウマン絶頂期の生を聴かれた円号さん、うらやましい限りです。生演奏の感激はいつまでも残りますね。前にこの掲示板に書きましたが、千葉馨の牧神の午後での超名演の印象は30年経過しても不変です。

 バウマン、タックウェル、シヴィルは70年代のFMでよく放送されていました。あの頃は今よりもクラシックの番組が多かったような気がします。FM大阪なんかでもきっちりありました。新譜紹介とか、「大作曲家の時間」なんかでホルン独奏といえば、この三人がよく放送されていました。
 私はシヴィルが一番好きでした。「ブレイン亡き後」というような解説が入ったような記憶があります。とてつもないプレッシャーの中で数々の模範的名演を残してくれました。派手さのないことが特に好きです。  バウマンは録音で聴くと、音は立派で、どんなフレーズも押し切るのですが、鼻の空気の出入りが良くないのか、モゴモゴ感が耳につきました。ブレインにあるようなスカッとした音の粒立ちがありません。  タックウェルはシヴィルよりも力強く派手な印象でしたが、好きにはなれませんでした。前に「ホルンのハイフェッツ」という紹介記事がありました。これには???でした。
 好き嫌いを書くとエンドレスになるので、このへんで。


343.ヘルマン・バウマンのことなど

name: 円号 - 2003年01月18日 0時27分54秒

夢中人様。書き込みありがとうございます。H.バウマンのことを久しぶりに思い出しました。彼は93年に脳出血で倒れたそうで、「すでに演奏に復帰しているが往年の実力を取り戻すには、まだまだ時間が掛かるであろう」、という暖かい気遣いをした記事を数年前に日本ホルン協会の会報で読みました。
75年半ばから90年頃まで、数回に渡り来日して素晴らしい演奏を披露し、またブレイン以後、もっとも多くの録音をレコード、CDに残したホルニストですから、またあの元気な姿を是非見せて貰いたいものです。
正直なところ、夢中人様のブレインのページでバウマンのことを書くのは気が引けるのですが、69年のミュンヘン・バッハとの初来日時のロ短調ミサのソロがいまだに記憶鮮やかなものですから、このまま書き進めることをお許しください。
リヒター、ミュンヘン・バッハの来日は日本のファンに長らく待たれていたものでした。しかし、バウマンがメンバーに加わっていることを事前に知っていた人は、恐らく皆無でなかったでしょうか。バウマン自身のレコードが日本ではまだ出ていなかったと思いますし、彼のことを紹介した記事も来日までに読んだ記憶もありません。ですから演奏会のプログラムに載った彼の写真と紹介が私にとっても彼との最初の出会いでした。
演奏会当日のソロ、日比谷の日生劇場にまさに朗々と響き渡るバウマンの演奏には本当にびっくりし言葉もありませんでした。まさに度肝を抜かれた、という言葉が相応しいソロでした。リヒターとコンマスの間にがっちりした体で立ち、一息で吹き切った、という印象でした。当日の全聴衆がリヒターの演奏に心を奪われたと同じくらい、あのバウマンのソロには驚きのあまり声も出なかった、と言っても言い過ぎでないと思います。楽器はバルブホルンでした。
バウマンがソロで来日したのは74年、その頃までには、ブリュヘンのテレマン/食卓の音楽、ナチュラルホルンで演奏したベートーヴエン/ホルンソナタ他、ハイドン他の協奏曲集などのテレフンケン輸入版で彼の評価も定着し、初のナチョラルホルンによるモーツアルトの協奏曲全曲のレコードで世界唯一のホルンソリストとして日本で多くのファンを獲得することになります。いまでは珍しくない重音奏法を日本の聴衆に実際に演奏会で聞かせたのはバウマンです。80年代初期の来日時には「ホルン吹きの休日」というレコードを残しました。以後の彼の活躍ぶりは、続々と発売されたCDを通じてよくご存知のことでしょう。ただ、ヒンデミットの協奏曲、ブリッテンのセレナードは録音しなかった、と思います。数多い録音の中で、いまでに強烈な記憶として残るのは、協奏曲集のロゼッティの短調の協奏曲、その鮮やかでクリアーな音、吹き回しに当時は多いに心を奪われました。
長らくホルンの演奏があれば事情が許す限り聞き続けてきましたが、バウマンのロ短調のソロ、それに64年のルシアン・テヴェのパヴァーヌはその後どんな名手の演奏に接しても決して色あせず、夢中人様のページを読むたびにも一層鮮やかに記憶の中に甦ってきます。


342.著作権保護期間の延長

name: 夢中人 - 2003年01月17日 23時08分15秒

著作権の保護期間の延長の記事を見て暗澹たる思いです。映画やアニメの保護期間を「公表後50年」から70年に延長するというもので、クラシック音楽には関係の無いものと思っておりましたら、朝日新聞には「教育機関や図書館でのコンテンツ活用の促進」の観点で、図書館におけるSPレコード保存のための複製といった行為は、例外的に著作権者の許諾を得ずに行えるようにする、とありました。

もしこの案が国会で成立すれば、「蘇るデニス・ブレイン」は、著作権違反となってしまいます。そればかりかいずれまた第2作をと、画策していたのも水の泡となってしまうことになります。50年は一人の人間が生きている人生のうちに、なんとかできる年数ですが、70年はもうなんともできない位長い年数であります。

ましてやSPレコードの世界では原盤そのものが、本来の所有者自ら放棄しているわけですから、元来そういった企業の権利を守ること自体、ナンセンス極まりないのに、一握りのアメリカの企業の利益のために、全てを失う破目になりかねない。またマーケットは、そもそもそんなことを云々する状況にない。

繰り返しになりますが、州ごとに法律の違うアメリカはさておき、イギリスのレコードに関する権利(日本の著作隣接権にあたるもの)の保護期間は日本と同じ50年で、それに沿ってDutton Laboratories などイギリスの独立レーベルは歴史的CDを復刻した訳です。

少なくとも、どうか日本の国会がこの年数の延長を映画やアニメのみにとどめることを祈るばかりです。


341.ブランデンブルク/ボイド・ニールの仮説

name: Favart - 2003年01月16日 23時55分20秒

ブレインのことはあらかた知りつくされている夢中人様にこんな仮説をお話するのも笑い話と思いますが、まあ聞いてください。
ボイド・ニールが自伝の中で書いているブランデンブルクの話は2度目の録音でなく、1度目の録音のLPでの再発売?(1945年の20年後の1965年、または12年後の1957年)の話ではないでしょうか。正に、DECCA録音の第2ホルン=デル・マーであります。そして、1回目のSPレコードはテープ録音で収録されていたのではないでしょうか。ちなみに、LPレコードがはじめて発売されたのは1948年米コロムビアからで、当時既にテープ録音ができたことになります。そして、ユニコーン・レコードはDECCAとは関係のないレコード会社と考えます。「奇跡のホルン」では「UNLP:加ユニコーン盤LP」とあります。UNLP1040にはボストンとあります。
ペーター・バルトークは私の好きなシュタルケルのコダーイ、バッハなどを録音した録音技師ですが、1949年から「バルトーク・ソサエティ」というレーベルでレコードを出し始めたとのことで、録音からカッティングまでこなしたそうです。

Favartさんの仮説に目が覚めるような思いです。確かにボイド・ニール自伝189ページには再発(reissue)と書いてあるし、これまでSP盤とLP盤を聴き比べていると、とてもよく似ていると感じることが何度もありました。これは参りました。面1本です。ケルさんは第2ホルンはニール・サンダースの誤りだと教えてくれましたので、もしこの仮説や論証を話したらとても面白いことになったでしょうね。でもヴァイオリンがSPはフレデリック・グリンケでLPはエマヌエル・ハーヴィッツとあるのは?うーん、判りません。 1月18日 夢中人

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