憧れのデニス・ブレイン

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680.フランツ・シュトラウス

name: 夢中人 - 2004年01月19日 2時20分21秒

週末にリヒャルト・シュトラウスに関する本を読みました。ワーグナー嫌いで指揮者のハンス・フォン・ビューローと喧嘩ばかりしながら“ホルンのヨアヒム”と呼ばしめた倣岸不屈のホルン奏者、父フランツ・シュトラウスについて興味がありまして。

18歳の息子は父の還暦祝いとして自然ホルンを意識した「当時一般的な楽譜となってきた」ヘ調(F)でホルン協奏曲(第1番)を書いた。69歳までミュンヘン宮廷歌劇場管弦楽団の首席ホルンだった父は初演を含め自身では公開の場では吹かなかったけれども家庭では結構演奏していた。

ある解説書にはフランツが音調の「高い」ロ調(B、ベー)管ホルンを吹いていたためこの曲が技術的に演奏困難で演奏会では冒険で危険だとしていたと書いてありますが、これは実際と逆でありフランツがとても謙遜したものの言い方をしたものと思います。


ビューローとの『マイスタージンガー』のリハーサルにてしまいには一音一音フランツの癇に触るようになった…。

F「もういやだ」
B「じゃあ引退したまえ」

(ヴァルター・デビッシュ著/村井翔訳「R.シュトラウス」、音楽之友社より)

679.ドブロウェン/PO/B.クリストフとのオペラアリア集

name: Favart - 2004年01月18日 0時16分29秒

夢中人さま、CATOさん、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
このところ公私ともども加速度的に忙しくなってしまいましたが、つかのまの自由時間を音楽でリフレッシュしたいと思っています。というより、このところは音楽が自分のエネルギー源となっていて「音楽なしでは生きていけない!(笑)」気がしています。
クリストフのオペラ・アリア集は所々でD.ブレインが聞けます。(仏VSMのLP)
ボロディン/イーゴリ公、ムソルグスキー/ホヴァンシチナ、コルサコフ/サトコ、ヴェルディ/ドン・カルロ、ヴェルディ/エルナーニ、ボーイト/メフィストーフェレ。
ホヴァンシチナは曲の冒頭からブレインです。メフィストーフェレは昨年のKAZUさまの演奏が頭にこびりついていますが、セルマーのピストンのような柔らかな音色で、控えめできちんとしたところがいかにもブレインらしくて好感が持てます。
ヒンデミットの方は私にとっては未知の領域になりますのでまた後日・・・。

Favartさまのお持ちのLPはCDになっていて(CDH 7642522と5655002)有名な「蚤の歌」や「ボルガの船曳き歌」が入っているので大好きです。ドブロウエンの振る初期のフィルハーモニアはデニス・ブレインがラウーを吹くしクラのレジナルド・ケルがヴィブラートを利かしたソロを吹いたりするので本当に魅力的ですね。 夢

678.ヒンデミットのホルンのための音楽

name: 夢中人 - 2004年01月14日 13時33分17秒

ホルン協奏曲(1949)に関する思いはCATOさんのご意見と同じです。

とは言うものの1950年6月8日、バーデン・バーデンにおける作曲者と南西ドイツ放送交響楽団との初演ではデニス・ブレインはB♭管に改造したラウー・ホルンを吹いたのか。また1956年11月21日のレコーディングで使ったのはアレキサンダーなのかラウーなのか。

モーツァルトは仲良しのロイトゲープ、リヒャルト・シュトラウスは頑固者の父フランツとともに溌剌とした「狩りのホルン」を連想させますが、ヒンデミットのホルンのための音楽にはそうした雰囲気が感じられない。

4本のホルンのためのソナタ(1952)はペティットの伝記や三省堂の音楽作品名辞典、ヒンデミットのウェブサイトによりますと1953年6月ウィーン交響楽団のメンバーが初演したとあります。ところが権威ある国際ホルン協会(IHS)のウェブサイトはエドモン・ルロワールの四重奏団 Quator de Cors Leloir が初演したと言います。ホルン・ソナタ(1931)にいたっては誰が初演したか全然見たことがない。またアルト・ホルンのためのソナタ(1943)は良い曲らしいのですが聴いたことがない。

こういった種々曖昧なところがあるのがいまひとつの感をいつまでも拭えない原因と思います。最近年齢のせいか同じことを繰り返し言うようですがどうかご容赦下さい!


677.[音楽が難しい]

name: CATO - 2004年01月14日 1時59分40秒

というような夢中人さんのコメントを貰って、CDの他の曲も聴きこみました。でもでも、やはりブレインとヒンデミットは感応しあっていたんです。晩年の職人作曲家を活かしたのはブレインです。他の曲も悪くはない。でも地味な曲でインパクトがありません(ヒンデミットファン いつもながら御免なさい)。


676.ヒンデミットホルン協奏曲のオリジナル

name: CATO - 2004年01月10日 3時12分16秒

今年最初に買ったCDです(Paul Hindemith Complete wind concertos, cpo 999 142-2)。
[664]で教えていただいた第三楽章の朗読はうまく収まっているようで、違和感がありませんでした。言葉が判らないので雰囲気は判断できません。
ノイネッカーのホルンは立派です。感心しました。ホルンを実際に吹いた経験のない人にブレインの演奏と聴き比べてもらうと、好みは半々になるような気がします。
そして今年もワンパターンの感想ですが、やはりブレインの自在さに脱帽です。フレージングは彼が選んだもので、彼の解釈でしかないのですが、その範囲で完璧です。とにかくなんの無理も無く、楽譜のとおりの音を完璧なタイミングで全く遅れなく、独自の音を楽楽とpa pa pa paと出していて、横綱です。こういう議論に向いていくと、ノイネッカーは敢闘賞のクラスです。
今年もよろしく。

CATOさま(遅まきながら)明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

ヒンデミットはホルン協奏曲以外にBBCアーカイヴに眠っているホルン・ソナタや4本のホルンのためのソナタなど重要な放送録音があります。音楽が難しいですがBBCはいずれきちんと紹介すべきと思います。

伝統的な英国スタイルのF管から現代的なB♭管へヒンデミットはブレインの背中を一番強く押したように感じます。 

夢中人 1月14日

675.伯父アルフレッド・ブレイン (3)

name: Favart - 2003年12月31日 15時23分13秒

夢中人さま
コメントをいただきありがとうございました。
楽器のことは分かりませんけれど1944/45年の米国ツアーの際にデニスはアレキサンダーを使っていたアルフレッドから何らかの影響を受けたのではないかと思います。673で「アルフレッドとオーブリーを比べるとアルフレッドの方がすっきりした印象があります」と書きましたが、アルフレッドのある意味で合理的?な演奏スタイルがデニスに方向性を与えたかもしれません。
ペティットの本(52頁)ではアルフレッドのハイドンの協奏曲が「彼の演奏の最良の面を引き出しているとは言えない。・・・60歳を超え弱点の方も目立ってきている。・・・」とありますが、決して悪い演奏ではありません。
CATOさん
ムラヴィンスキーのライヴDVDが出るそうです。生誕100周年記念盤/エフゲニー・ムラヴィンスキーの芸術(カラー&白黒285分収録、2DVD、\9,800)。ベートーヴェン4番、ブラームス2番他、盛りだくさんの内容。リハーサル&インタヴュー付き。貴重な映像や音源が次々にDVD化、CD化されありがたいことです。私にとっては時間、空間(保管場所)、それに財布がついていかないのが実情ですが・・・。
先日放送されたミケランジェリのルガノ・ライヴの再放送がBS2であります(1/1 17:30〜)。

夢中人さま、CATOさん、興味深い話を聞かせていただいている間に1年があっという間に終ろうとしています。浦島太郎は困りますが、興味深い話だけはまた来年もお願いいたします。(時間は止まれ)。良い年をお迎えください。


674.今年の

name: CATO - 2003年12月30日 11時27分10秒

マイベストCDはムラヴィンスキー/レニングラードの1979年5月東京ライブの「田園」他〔ALT063〕でした。最近読んだ本『生きていくためのクラシック』(光文社新書 2003)でこの録音が個人の持ち込み禁止録音機器で残ったこと、その素晴らしさにムラヴィンスキー婦人が発売OKを与えたということを知りました。私のパソコン−ラジカセ貧相ラインでもいい音が出る録音で、繰り返して聴いています。弦のザッザッザッとかザーンがリアルに鳴ります。管ではブヤノフスキーのホルンが甘い素晴らしい魅惑的な音を出しています。第3楽章のクラリネットを受ける一回目の見せ場ではやや外しながらも気迫充分です。当然第5楽章の出だしのソロの甘い甘い滑らかさが素晴らしいです。
 次に印象に残ったのはサラ・ウィリスの吹く技能賞もののロセッテッィのホルン協奏曲の第二ホルンです( cpo 999 734-2 )。ブヤノフスキー流とは対照的な堅実で地味な音に拍手です。
 次に毛色が変わりますが、最大のへぇ〜〜ものは、宇野功芳さんが漫談家牧野周一さんのご子息であることをネットの記事で知ったことでした。牧野周一さんは、例えば「笑点」の初期のころお見かけしたものです。かなり昔です。当たり前、宇野さんがいつのまにか70歳ですから。漫談家はいつもスーツできっちりされていました。この洋風の粋さを宇野さんが引き継がれたのか。とはいえ、私は宇野さんの音楽は全く聴いたことが無く、もっぱら評論を拝見するだけですが。
 それとシツこいですが、例の宿題。マーラー4番録音のソロはBrain or Civilの解答を得るべく、一時期Civilの音を繰り返して聴きました。今のところの結論は、4番のソロはCivilの音と活舌とは考えにくいということです。決着をつけるべく2004年は禁断の波形分析も計画しています。

そんなこんなの2003年でした。
夢中人さん、楽しい掲示板が2004年もお願いします。

CATOさん1年間ありがとうございました。私もディスクへさらに拘泥して参る所存です。来年もさらにデニス・ブレインの新譜が出ますように!

夢中人 12月31日11時5分

673.伯父アルフレッド・ブレイン (2)---521の追加

name: Favart - 2003年12月29日 23時17分11秒

アルフレッド・ブレイン1885.10.24-1966.03.29 [イギリス(→アメリカ)]のハイドンの協奏曲のレコード(ジャンセン・オーケストラ、米Capitol P-8137)をもう一度聞いてみました。1950年録音、アルフレッド65歳の演奏。「独特の丸みのある音色で、消音器をつけたようなややこもった音でした。」と521で書きましたが、あらためて全曲を聞いてみると、引き締まった音色でオーブリーや1940年代のデニスの音色に似ている気がします。ぜい肉を取り去ったようなしっかりした音です。近年のホルンの音は音が大きく豊かで心地よく聞こえる反面、ややもすると焦点がぼけて「ボテボテ」の印象を受けることがあります。今の時代にアルフレッドやオーブリーのような音色の奏者が出てきたら脚光を浴びそうな気がします。ちなみにアルフレッドとオーブリーを比べるとアルフレッドの方がすっきりした印象があります(曲のせいかもしれませんが)。

ペティット/山田さんの伝記P34にあるアルフレッド・ブレインのポートレートは実は欄外に「アルフレッド・ブレイン、ロンドン 1912年、F管のクルトア(コルトワ)を吹いている」という説明が付いています。彼はアメリカに渡ってから楽器をアレキサンダーに替えましたがロス・アンジェルスのホルン奏者、ゲイル・ロビンソンによるとアルフレッドの音色は「(アメリカで)皆が使うコーン8dの音と違うおそらくFシングルよりもっとふっくらした(soaring)音」と言いました。(ロス・アンジェルスにおけるホルン演奏史より)

デニス・ブレインは1944/45年の英国空軍中央軍楽隊米国ツアー途中でロス・アンジェルスの伯父アルフレッドを訪問しマウスピースを貰ったりしましたが楽器についてもフレンチ・タイプのFシングルを絶対とした父オーブリーと違う考えを聞いたというようなことは大いに想像できます。

夢中人 2003年12月30日10時54分

672.新しいCDの話題

name: 夢中人 - 2003年12月27日 14時20分14秒

アリアCDさんの12月新譜案内にデニス・ブレイン/ハンス・ロスバウト/南西ドイツ放送交響楽団のモーツァルトの2番 KV417(ARCHIPEL、ARPCD 0202)が出ています。1953年5月6日の放送録音で以前Arkadiaから出ていたものと同じですが大変音の良いものでした。

インターネットで見つけた英国の「1940年代ウェブサイト」でENSAによる放送録音を収録したCDがありRAFオーケストラが演奏しているということなので現在ちょっとドキドキしているところです。

昨日英国より到着しました。RAF(アール・エー・エフ=英国空軍)オーケストラの演奏という触れ込みでしたが、実際にはRAFダンス・オーケストラによる演奏でホルンの含まれないものでした。残念です。 夢中人 1月8日

671.堂々とした演奏

name: CATO - 2003年12月19日 23時01分39秒

 また何を書きよんねん?と標題から訝ってください。
さてこのごろ、クレンペラー/シヴィルのモーツアルトホルン協奏曲全曲(testament SBT1102)とムラヴィンスキー1979年東京ライブの田園とワルキューレ(ALT 063)を聴いていて、ふと感じ入ったことがあります。なぜ、これほど心に残るのか?と。
 どちらも信じた所を堂々とやっているという単純な素晴らしさに気づきました。もっと流麗な演奏が一杯あるモーツアルトの協奏曲ですが、クレンペラーのゴシゴシとした引張りが素晴らしい。ブレインにかなわないことは歴然であるが、素直に巨匠に従って鳴らすシヴィルが素晴らしいと思います。堂々としたという意味では数ある録音の中で傑作と思います。
 ムラヴィンスキーの田園はいわゆる音楽鑑賞の対象の名曲田園では全くない。恐ろしい。これも信じた所を堂々と強制するムラヴィンスキーが素晴らしい。
 なぜ、こんなことを書くかといえば、最近ラトル/BPOの最新録音を何枚か買ったが、うまさと新奇さだけが耳について、少々がっかりしていたことの反動かもしれません。勿論、上手さにおいて、ラトル/BPOは究極に達し、その痛快さは比類ないと評価しています。でもなんか、堂々としておらず、寂しい気分にもさせる訳です。


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