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190.(欠番)


189.カール・ハースとブレインの最後のレコード

name: Favart - 2002年10月14日 23時38分17秒

ブレインが参加したハース指揮ロンドン・バロック・アンサンブルの最後のレコードにハースは短い追悼文を記しています。(PYE CCL 30120、R.シュトラウス他)

デニス・ブレイン---主席ホルン奏者
ロンドン・バロック・アンサンブルの1942年の創設以来主席ホルン奏者であったデニス・ブレインは私がこれまでに聴いた中で最も偉大なホルン奏者であった。彼は1957年9月の自動車事故で、たった36歳で我々から連れ去られてしまった。このレコードは我々の活動における彼の最後の演奏である。彼の演奏において、彼は彼自身の喜びを聴衆に伝えることにいつも成功していた。彼の明るく快活な人柄は忘れがたく、我々の演奏に参加した彼の父と同じく、彼がいなくなってしまった事を我々はいつも悲しく思うことであろう。
*拙訳にて失礼。


188.所変われば

name: 夢中人 - 2002年10月14日 23時00分51秒

お勧めも変わります。イギリスの友はやはりデニス・ブレインが第1で、スティーヴン・スターリング、アイファー・ジェームズ (スターリングの先生)、リチャード・ワトキンス、 下吹きとしてのニール・サンダース、Louis Bernard(ベルギーorフランス?)、1950年代にモーツァルトの12の二重奏曲を放送録音した Kees Versnay (b1915) などをあげます。



187.カール・ハース

name: 夢中人 - 2002年10月14日 8時50分21秒

ニュー・グローヴ音楽家辞典(Stanley Sadie編)vol.8にカール・ハースに関する情報を見つけました。

カール・ハース Haas, Karl カール・スーエにて1900年12月27日生、ロンドンにて1970年7月7日没。ドイツの器楽奏者、音楽学者。1941年、演奏会やレコーディングのために主に管楽器奏者からなるグループを結成。1943年、ロンドン・バロック・アンサンブルとしてナショナル・ギャラリー・コンサートでデビュー。(略)珍しい18世紀の音楽を数多く演奏するも1966年11月20日が最後の演奏会となった。晩年はそれまでの軍楽の研究をもとに、本を執筆していた。その原稿や古い書物、楽譜、マイクロフィルム、楽器などのコレクションは彼の死後散逸した。  S.G.

現役盤にモーツァルト/セレナード11番、K375&12番、K388/384aとドヴォルザーク/セレナードニ短調(Testament、SBT1180、P2000)があります。


186.コンセール・ストララムの実体

name: Favart - 2002年10月14日 0時04分05秒

コンセール・ストララムの実体は「録音のために集められた、その時かぎりのメンバー」との話を読んだことがあります。こう聞くと「寄せ集め」のイメージを抱いてしまいますが、決してそうでなく、その時に出演できる(パリの)最高の演奏者が参加していたのではないかと思います。と言うのはフルートに関しては181で挙げた曲目のほぼ全てが当時全盛を極めていたマルセル・モイーズと思われるからです。他の管楽器奏者も演奏を聴けばハイレベルの奏者ばかりであることが分ると思います。
大山様
毎度ご教示ありがとうございます。
181の�ぁ嵋區世痢Α廚呂靴个靴伉阿い討い泙垢�、ヴィエルモでしたか。
立派な演奏と思います。
後日、181の曲目全部を聴いていただきたいと思います。
そして、ホルン奏者についてご教示ください。
フルートがモイーズかどうかは比較的分りやすいのですが、
昔のホルン奏者については全く分らない私であります。


185.コンセール・ストララム

name: 大山幸彦 - 2002年10月13日 22時25分56秒

はそもそも混成オケですので、常に同一のメンバーとは言いがたいですが、
ご指摘の中では1.4.6はそうだと思います。この中では「サロメ」の演奏が秀逸と思いますが、他のものと含め、今手元に音源がないので確認できません。

ピストンの最初の演奏は1828年メフレ教授によるワグナーの演奏だと思います。このときは2ピストンの楽器でした。

ヴラトコヴィチの先生はテヴェの弟子でした。ごく初期の演奏には、少しその香りを感じます。

ヴィエルモについてテヴェの掲示板にも書いときましたのでご参照下さい。


184.ヴラトコヴィチ

name: e-g - 2002年10月13日 22時03分54秒

の話題が出てきているようなので、つい書き込みしてしまいます。
実はいま活躍中のホルン奏者で一番好きな人なもので…。
彼のCDのお勧めは、
「ブラームスの三重奏」
「シューベルトの八重奏」
「ベートーヴェンの七重奏&モーツァルトのホルン五重奏」
「サン・サーンスのロマンス、演奏会用小品」
「モーツァルトのホルン協奏曲集」
「ワーグナーのジークフリート牧歌」
です。
「R.シュトラウスの協奏曲&小品集」もありましたが廃盤になってしまいました(それに個人的にあまり好きな演奏ではない…)。
基本的にのどかな感じの曲が彼の音色や奏法には合っているような気がします。
皆さんぜひ聴いてみて下さい!


183.初期のホルン

name: 夢中人 - 2002年10月13日 17時40分31秒

スティーヴン・ペティット著山田淳さん訳『奇跡のホルン』第1章冒頭の「ホルンの進化」は、1955年7月23日BBC放送、デニス・ブレインによる講演リサイタル「初期のホルン」からの引用があります。

オーケストラに最初にホルンが登場したのが1705年、ハンブルグ時代のゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル (1685-1759) が指揮したラインハルト・カイザー Keiser, Reinhard (1674-1739) のオペラオクタヴィア。イギリスでホルンが登場したのが、ロンドンのヘイマーケット劇場でやはりヘンデルの自作オペララダミスト HV 12a。フランスへは1735年で、この時既に替え管(クルーク)が発明されていた。さらに1760年頃、ドレスデンのホルン奏者アントン・ヨゼフ・ハンペル(1705?-1771)がハンド・ストップ奏法を発見。そして金管楽器のロータリー・ヴァルヴが(ハインリッヒ・シュテルツェルとフリードリッヒ・ブリューメルによって1815年頃発明されて)特許を得たのが1818年、とあります。

伝記はここまでですが、「初期のホルン」のデニス・ブレインはさらにヴァルヴ・ホルンのオーケストラへの登場は、発明されてからずいぶんたった*1830年パリ、 Halevy のユダヤ人 La juive 、と言っています。グローヴの楽器辞典(ロンドン、マクミラン出版、P1984)にも同様の記述(*1835年)があります。

S.G.


182.グリエールのコンチェルト

name: CATO - 2002年10月13日 10時34分16秒

だいき様、
「179」でのご推薦ありがとうございました。今日まで私はこの作曲家も曲も知りませんでした。
 「模範生」という感想に同意いただけたようですね。まさかジュネーヴの審査員たちは破綻の無さのみで順位を付けたのではないことを確かめるために、第一位ヴラトコヴィチを私が紹介したCD(フィリップス UCCP-3076)以外でも聴いてみます。


181.コンセール・ストララムのホルン奏者

name: Favart - 2002年10月12日 23時59分52秒

大山様
「オーバード」のホルン、堂々とした貫禄を感じます。ヴィエルモですか。
ところで、コンセール・ストララムは1930〜31年に主要な録音を残しています。一連の録音のホルン奏者はヴィエルモの可能性が高いのではないでしょうか。
どれがヴィエルモか大山様のご存知の範囲でご教示ください。
よろしくお願いいたします。
�.廖璽薀鵐�「オーバード」 :1930年1月20日、22日(ストララム指揮)=V
�▲ぅ戞璽襦峇鷙礎蓮廖    �1930年1月23日、24日(ストララム指揮)
��R.シュトラウス「町人貴族」:1930年2月18日、21日(ストララム指揮)
�ぅ疋咼絅奪掘次嵋區世痢Α廖 �1930年2月24日(ストララム指揮)
�ゥ襦璽札襦崔懃瓩龍賊磧廖  �1930年3月18日、19日(ストララム指揮)
�Ε薀凜Д襦屮瀬侫縫后Α廖  �1930年3月24日、25日(ゴーベール指揮)
��F.シュミット「サロメの・」:1930年4月18日、19日(作曲者指揮)
�┘薀凜Д襦崙参住佞猟�・」 :1931年3月30日(ストララム指揮)
*録音年月日はdanteのCDより。
(夢中人様、ブレインから少し遠い話ですみません。)


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