
160.ブリテンのセレナード(その4) | |
| name: | 夢中人 - 2002年10月03日 20時08分04秒 |
このような投稿をするせいで繰り返しセレナードを聴いたところ、あのまったりとしたピーター・ピアーズの歌声がクラシック嫌いなヨメさんの癇に障ったらしい。どうも昔から1曲にハマると何だかんだと調べるたちなので反省。これで最後にします。 ディスコグラフィーにはズラッと名奏者が並んでおります。がこれは年月の積み重ねともいえるもので、英国人以外の奏者が取り上げるまで随分かかりました。シカゴ響のデイル・クレヴェンジャーが録音したのが1977年4月9日(シカゴ・オーケストラルホール)。それもドイツ・グラモフォンからで、指揮はイタリア人のカルロ・マリア・ジュリーニときました。 それでも三浦淳史さんは、新録音が出たことを大層驚き、喜ばれました。ライナーノートのタイトル「ジュリーニがブリトゥンのグレート・ファンだということを知る喜び」を見て判ります。解説によりますとその盤で歌っているロバート・ティアーは Expo'70 に参加したイギリス室内管弦楽団に同行して来日、レイモンド・レッパードの指揮でブリテンの「セレナード」と「イリュミナシオン」を歌った、とあります。ホルン奏者は一体誰だったのでしょうか。 また英国の Campion から出たドレスデン国立歌劇場のペーター・ダムの一枚。ジャケット写真でナチュラル・ホルンを持っています。彼の場合、こういうモノには無縁と思っていましたので面白いですね。 最近ではマリー・ルイーズ・ノイネッカー。フランクフルト放送交響楽団の時来日して、マーラーの5番のソロを吹いて聴衆の度肝を抜きました。この人、皆畏れをなしてレコーディングしないヒンデミットの協奏曲を録音(CPO)したことでも有名です。 | |
159.ブリテンのセレナード(その3) | |
| name: | 夢中人 - 2002年10月01日 23時26分45秒 |
1942年の夏から秋にかけてのBBCの番組『イギリスのアメリカ人 An American in England』付随音楽の作曲と演奏がきっかけとなって芽生えた「セレナード」の構想。ベンジャミン・ブリテンは第1回の放送でのデニス・ブレインの演奏を聴いて、以降のスコアに出来るだけ巧みなホルンのソロを入れるようにしたといいます。 ブリテンは作曲するにあたってブレインにホルンという楽器の技術的可能性についてあれこれと質問し、アドバイスを求めました。ブレインは、どんな方法を助言する際にも極めて慎重で、天賦の才能をもってしても不可能と思われるパッセージでも、すぐ変更するようには言わずに作曲家のアイディアを尊重して何度でも繰り返した、といいます。こうした質問とアイディアがヴァルヴを使わない自然倍音によるホルン独奏となった訳です。 前作の「ミケランジェロの7つソネット」の詩は、イタリアの天才、ミケランジェロ・ブオナルロッティ、前々作の「イリュミナシオン」は、フランスのアルテュール・ランボオの詩。今回の「セレナード」の為の詩の選択には当時、ホメロスの叙事詩に基づいたBBCの放送劇『救済』で一緒に仕事をしたエドワード・サックヴィル=ウェストの協力を得て、イギリスの詩で統一することにしました。ブリテンは詩に対する広範な知識を持っていましたが、行き詰まってくると書架から手当たりしだいに詩集を持ち出してはサフォークの自宅の周囲を歩き廻って考えたり、地元の友人、ジョン・コンステーブルの風景画にインスピレーションを得ました。こうして選ばれたのが、コットン、テニソン、ブレイク、ベン・ジョンソン、キーツらの詩。そのいずれもが夜や眠り、お通夜といった戦時中としては痛烈な皮肉とも不吉とも受け取られることがテーマでした。 1943年4月、ブリテンは友人のエリザベス・メイヤーに書き送った「ピーターと愛すべき若いホルン奏者、デニス・ブレインの為に新しい曲(六つの夜想曲)を書きました。重要な作品ではないけれども、とても楽しかったです」と謙遜気味でしたが、ブレインの演奏については後に「クラリネット奏者のように意のままであり正確」と語りました。デニス・ブレインの為に書かれた数多くの作品の中でインスピレーションとオリジナリティに溢れた傑作として最も広く知られることになります。 | |
158.ブリテンのセレナード(ディスコグラフィー) | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月30日 22時03分25秒 |
Anthony Rolfe Johnson/Michael Thompson/Bryden Thomson/Schottish National Orch. Chandos CHAN 7112 Hadley/Anthony Halstead/Boughton Nimbus NI 5234 Ian Bostridge/Marie-Luise Neunecker/Metzmacher/Bamberg SO EMI CDC 5 56183 2 Christoph Pregardien/Ib Lanzky-Otto/Vanska/Tapiola Sifonietta BIS CD 540 John Mark Ainsley/David Pyatt/Bicholas Cleobury/Britten Sinfonia EMI Classics for pleasure 5 75563 2 Martyn Hill/Frank Lloyd/City of London Sinfonia Virgin Classics/ultraviolet CUV56 11222 Peter Pears/Barry Tuckwell/Benjamin Britten/Strings of the LSO LONDON 436 395-2 Peter Schreier/Peter Damm/Bohdan Warchal/Slovak Chamber Orch. Campion RRCD 1313 Philip Langridge/Frank Lloyd/Steuart Bedford Collins Classics 7037-2 Robert Tear/Alan Civil/Welsh National Orchestra EMI CDM 7 69522 2 Robert Tear/Dale Clevenger/Giulini/Chicago SO DG 423 239-2 | |
157.ブリテンのセレナード(その2) | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月29日 20時43分11秒 |
デニス・ブレインの吹く不思議なプロローグとエピローグは六つの歌曲を挿みます。これはブリテンが好んで用いた「ファンファーレ」の一例で、「イルミネーション」冒頭のように元気のよい、軍隊のファンファーレみたいなものもあれば、この「セレナード」のようにやさしい、慰めるようなものもあります。 ホルンが前後を縁取るような手法は、音楽に深みと距離感を与える為の音の遠近画法(the musical perspective)と考えられ、この他にもBBC放送番組「事件の核心」があり、コーラスや独唱に形を変えているもののオペラ「ルクレチア」「ビリー・バッド」などでも見受けられます。 デニス・ブレインは5曲目の「讃歌(Hymn)」を演奏後、舞台をしずしずと去る。6曲目「ソネット」は休みで、最後に舞台袖で静かにエピローグを吹きます。 | |
156.ブリテンのセレナード | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月29日 7時38分14秒 |
ベンジャミン・ブリテン「テノール、ホルンと弦楽のためのセレナード、作品31」でデニス・ブレインが A の音を外して B♭を吹いたと評論家の指摘を受けたことがあります。ブリテンはデニスが何度もそこ(プロローグの4小節目)を吹いて、A ではなく B♭に決めた、と語りましたが、「評論」にかなり敏感なデニスは、結局そういう思い切った自然倍音の使用を後悔した、と言われます。1955年7月のBBC放送番組「初期のホルン」でも敢えて「奏者は外れた音が要求されている」と解説した上で演奏します。 今日、不肖夢中人も試みにプロローグをF管の自然倍音で吹いてみました。第13自然倍音(A)の場合は常識的でなんともつまらなく、第14自然倍音(B♭)は相当異様に響きますが、現代音楽にナチュラル・ホルンの奏法を応用したアイディアに改めて納得で頭が下がりました。 レコードは1944年に録音され、日本ではずーッと未発売で最も重要なものでしたが、1992年の CD 化(Decca 425 996-2)とともに1993年待望の国内盤(London POCL-3388)が登場。続いて昨年(2001年)THE BRITISH MUSIC COLLECTION のひとつとしてリマスター盤(Decca 468 801-2)が出ましたが、イフェクト過剰でラウーがアレキサンダーになったような気がします。しつこいようですが、いつかもうひとつの(本当に)アレキサンダーによるレコード(1953年録音、Decca LXT2941)が陽の目を見ることを祈っています。 | |
155.村のロミオとジュリエット | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月26日 1時05分43秒 |
山田淳さんがレコード芸術10月号/特集「夭折の名演奏家たち」のデニス・ブレインの頁の最後にディーリアス/村のロミオとジュリエット(EMI、CMS
7 64386 2、P1992)のディスクを紹介されています。同じ曲(BBC放送録音)が昨年、イギリスの SOMM Recordings(BEECHAM 12-2、P2001)からも出ましたが、実はこれらの盤には曰く因縁があります。 サー・トーマス・ビーチャムは、昨年(1947年)のリヒャルト・シュトラウス音楽祭でロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)と歌劇「エレクトラ」のスタジオ演奏録音をBBCで放送しました。ところがその数日後、全く同じキャストでレコード録音を行ったものですから、BBC のディレクターはやや面白くない。 翌1948年4月、ビーチャムは「村の・・」を放送してすぐ、またしてもレコード録音を始めたからリハーサルから本番を通じて高い出演料を払ったBBCのディレクター氏は、もはや我慢も限界。文書による抗議に及びました。ビーチャム慌てず返信「アメリカに出発する前に先日夜、貴兄が書き送られたところの極めて不愉快なる作品に言及し処置することこそ私に課せられた責務と存知ます・・・」数名の配役交代で事は収まったようですが、ビーチャムがその年単身出掛けたのは南アフリカで、アメリカには翌年、それも米コロンビア録音の為という次第。 さて、このオペラの魅力はやはりサーリとヴレンチェン(ロミオとジュリエット)の悲恋物語。が上記2点のディスクにちゃんとした歌詞が付いていないのが困りモノ。私は中古レコードのRPO/メレディス・デイヴィス盤(東芝EMI)で凌いでいますが、これも実際歌われている歌詞と印刷された歌詞が全然違います。何故?三浦淳史さんの解説によりますと、初演時、ドイツ語の原作から直接歌詞が採られ、英語歌詞はディーリアス夫人が翻訳して Boosey & Hawkes から出版した。ところが、その英訳歌詞がヴォーカル・ラインと全く合わないらしく、ビーチャム以来、演奏では出版と異なった歌詞が使われた。レコードに付ける歌詞はオリジナルの英訳(版権を持つ出版社のものしか掲載不可)なので大変不便・・・といった事情のようです。 原作はスイスのゴットフリート・ケラー『村のロメオとユリア』。日本でも戦前戦後を通じて大変人気がありました。古くからの図書館には大抵所蔵されていますが、岩波文庫の一つ星も長らく絶版。こちらもまた読んでみたいものです。 ホルンは6本、第3場、荒地、第5場、セルトヴィラの定期市、第6場、楽園(前奏曲があの「楽園への道」)など随所でデニス・ブレインはじめとして大活躍します。 | |
154.山田淳さんという人 | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月23日 23時36分52秒 |
2001年4月某日、待ち合わせ場所の東京駅銀の鈴で私は『奇跡のホルン』を手に待っていました。そこに近づくクラシックな紳士。山田さんと直感しました。名乗るまもなくガッチリと握手しました・・・。 ホームページがほとんどスティーヴン・ペティット/山田さん訳の伝記まる写しでスタートしたにも拘らず、真っ先に祝辞を頂いたのが山田さん。そのコンテンツにあれがある、これがあるとご自身で撮影された貴重な写真の数々を送って頂いた山田さん。マイクロフィッシュ(フィルム)を読む機械にと留学のおりに使われた投影機を送ってこられた山田さん。CDに素敵なライナーノートを書いて頂いたばかりか、完成後あちこち都内のショップに足を運んで販売交渉をして下さった山田さん。その他もっとたくさん。そして今回も記事でとても持ち上げて紹介して下さいました。 本当にお世話になっています。ありがとうございます。いくらお礼を言っても言い足りません。上記の如く、私は山田淳さんに際限なく与えられ放し。ですからまたデニス・ブレインの為に頑張ります。 | |
153.組曲「火の鳥(1919年版)」 | |
| name: | 夢中人 - 2002年09月23日 23時24分14秒 |
フィルハーモニア管弦楽団/カルロ・マリア・ジュリーニの1956年録音(EMI、CZS 5 75462 2)、ビゼー「子供の遊び」聴きました。ジュリーニは、対旋律をとてもよく鳴らしますので、フランスのオーケストラのスレンダーな響きとはちょっと違います。よく言うシンフォニックな表現です。 それとすみません、148.で1曲だけと書いたのは誤りで、もうひとつストラヴィンスキー/組曲「火の鳥(1919年版)」がありました!カッチェイ王の凶悪な踊りの痛いような炸裂音も、終曲のあの平和なソロも、デニス・ブレインで、かつ素晴らしいステレオ・サウンドで聴けます。まさに至福の時です。 | |
152.雑誌記事から | |
| name: | Favart - 2002年09月22日 19時33分20秒 |
�.譽魁璽彪歃�10月号の特集「夭折した名演奏家たち」にデニス・ブレインの記事(2頁)があり、夢中人様と「憧れのデニスブレイン」が紹介されていました。カンテッリの記事(2頁)もありました。 ��1930年〜1949年ころのSP録音の復刻CD「ラヴェル作品集」(3枚、ANDANTE)が出たそうです。○○○=ブランコ?指揮の「亡き王女のためのパヴァーヌ」が入っていますがオケ名は不明です。ホルンは誰か分りません。お分かりに方は教えて下さい。クリュイタンス/ソシエテの演奏も入っているそうです。 ��アントニオ・ロゼッティのホルン協奏曲(4曲)のCDが出たそうです。 (以上立ち読みのため、詳細は雑誌をご覧下さい。) | |
151.マルセルとルイ | |
| name: | Favart - 2002年09月21日 22時56分44秒 |
芸術家親子の人間関係。外部の人間に分るのは断片的な事象のみ。真実は時間の流れの中に消えてしまうのでしょうか。 モイーズ親子の場合、当事者たちが不幸であったことだけが歴史的事実として残ってしまいました。 マルセル・モイーズの伝記(トレバー・ワイ著)の中で息子のルイは次のように語っています。 「『ルイ、素晴らしかったね』、何かそのようなことを父が言ってくれたらよかったのです!が、父にはそれが言えなかったのです。」 ルイのピアノや作曲については甘い言葉を惜しみなく言ってくれたそうですが、フルートについては誉めたことがなかったそうです。 マルセル・モイーズとともにモイーズトリオとして活躍していたルイ・モイーズとブランシュ・オネゲル(作曲家のオネゲルの娘)は結婚しましたが、後年離婚してしまいました。そのことについてルイは「ブランシュと離婚したのですが、それと同時に父との縁も切ったのです。(中略)私は父に言ったんです。『申し訳ないが私は60歳になっていて、もういつまでもあなたのかわいい子供ではないんだ』とね。(後略)」と語っています。 孤児として生まれたマルセル・モイーズは人一倍家族を愛していたことは想像に難くありません。しかし、ルイに対する愛はその愛が異常に強かったがゆえに常識を逸脱してしまったと私は想像します。悲しい結末です。 | |